「パラロン・ピノイ」東北のフィリピン人コミュニティが結集
2026年4月17日仙台―2026年4月11日在日フィリピン大使館は、宮城県仙台市のL-Park仙台で開催された「パラロン・ピノイ」に、東北地方のフィリピン人コミュニティと共に参加しました。このイベントは、移住労働者福祉局東京事務所(MWO-OWWA Tokyo)が主催し、在日フィリピン人のコミュニティ形成の一環として、またフィリピンと日本の国交正常化70周年を記念して開催されました。

2026年4月11日宮城県仙台市で開催された「東北地方パラロン・ピノイ」にてミレーン・ガルシア=アルバノ駐日フィリピン大使(前列右)、仙台教区司教エドガー・ガクタン師(CICM、前列左)、
ロバート・D・キンティン臨時総領事(2列目左)、
ラモン・ランベルト・C・ パストラナ労働担当官(2列目右)、ジェロニコ・M・ヘレラ福祉担当官(2列目右から2人目)、ダマヤン代表のチャリティ・ダンゲート・サトウ氏(2列目左から2人目)
青森、秋田、古川、福島、一関、気仙沼、盛岡、仙台、山形など、東北各地のフィリピン人コミュニティが一堂に会し、伝統的なフィリピン遊びや親睦を深め、地域コミュニティの絆を育む一日を過ごしました。仙台教区のエドガー・ガクタン司教(CICM)――仙台で初のフィリピン人司教――が、プログラムの開会祈祷を執り行いました。ミレーン・ガルシア=アルバノ駐日フィリピン大使と、仙台ダマヤン会長のチャリティ・ダンゲート・サトウ氏から歓迎の挨拶が述べられました。ロバート・D・キンンティン臨時総領事がスポーツマンシップの宣誓を、ラモン・ランベルト・C・パストラナ労働担当官が大会の公式開会宣言をしました。
ガルシア=アルバノ大使は挨拶の中で、フィリピン文化の保存と、海外在住のフィリピン人コミュニティ間の絆を強めることの重要性を強調しました。また、フィリピンの伝統的な遊びが、共通の子供時代の思い出を呼び起こすだけでなく、在日フィリピン人コミュニティの結束と連帯を深める役割を果たしていることを指摘しました。さらに、サトウ会長率いる仙台のダマヤンに対し、東北地方においてより強固で団結したフィリピン人コミュニティを築くための献身的な取り組みに対して感謝の意を表しました。
このイベントでは、地域全体のフィリピン人コミュニティのメンバーが積極的に参加し、チームワークと友好的な競争心を育むことができる、さまざまなフィリピンの伝統的なゲームが催されました。
また、大使館は本イベントの開催に合わせ、東北地方のフィリピン人コミュニティのメンバーを対象に、労働・雇用相談、バリック・マンガガワ支援、OWWAへの加入手続き、海外有権者登録などの出張サービスも提供しました。
プログラム終了後、ガルシア=アルバノ大使はカパティラン(東北フィリピン人学生協会)の案内で、仙台の史跡を巡りました。大使は大崎八幡宮を訪れ、小野目博昭宮司の出迎えを受けたほか、仙台城や仙台市博物館も見学しました。
小野目博昭宮司は、八幡宮の桃山様式の建築様式に触れ、日本各地の匠たちの多彩な技法が光る鮮やかな彫刻を披露しました。これらの職人たちは、仙台を創設した武将伊達政宗によって集められ、1604年から1607年にかけて大崎八幡宮の建設を請け負いました。現在、国宝に指定されている八幡宮は、精巧な木彫、絵画、金属工芸、漆工芸によって特徴づけられる、桃山時代の傑作として今に佇んでいます。
仙台市立博物館では、大使は17世紀初頭の宗教画を鑑賞しました。この作品はフィリピンで制作されたとされ、バチカンへの外交使節団の任務を終えて帰国する途中、マニラに滞在していた日本の武士支倉常長が手に入れたものです。彼は1613年に日本を出発し、1620年に帰国しました。
今回の訪問は、大使にとって、この地域のフィリピン人学生と交流し、仙台の文化的・歴史的遺産についてより深く理解を深める機会となりました。
「ここ東北で、皆様と共に『パラロン・ピノイ』を祝うことができ、大変嬉しく思います。この行事は、私たちが共有する文化遺産や幼少期の伝統を改めて思い起こさせる、意義深いものです。競技そのものを超えて、この集いは私たちのコミュニティの強さを映し出しており、故郷から遠く離れていても、団結と友情、そして自国の文化への誇りの精神のもと、フィリピン人を一つに結びつけています」と、ガルシア=アルバノ大使は述べました。
東北地方での「パラルン・ピノイ」の成功裏の開催は、日本北部のフィリピン人コミュニティの活気と団結力を示すものであり、海外在住のフィリピン人同士の絆を深める上で、コミュニティ活動がいかに重要であるかを強く印象付けました。



















